この記事でわかること
本記事は、2026年9月27日に開催されたオンライン座談会「第6回 先輩に聞いてみよう!視覚障害×就活 職場の配慮のリアル」の内容をレポートとしてまとめたものです。一般企業で働く視覚障害のある社会人3年目の方をゲストに迎えました。就職活動を一度中断した経験、面接で配慮をどう伝えたか、入社後の働き方までを語っていただきました。視覚障害のある高校生・大学生とその保護者、教育関係者に向けて、就職活動と職場の合理的配慮のリアルな姿をお届けします。
座談会の開催概要
| イベント名 | 第6回 先輩に聞いてみよう! 視覚障害×就活 職場の配慮のリアル |
|---|---|
| 開催日 | 2026年9月27日(日)19:00〜21:00 |
| 開催形式 | オンライン(Zoom) |
| テーマ | 視覚障害のある社会人の就職活動と、職場での合理的配慮 |
| 参加者 | 一般企業に勤務する社会人1名 |
登壇者の紹介
青木悠弥さん/一般企業の障害者雇用で働く社会人3年目
強度弱視で、右目の視力は0.02、左目は0.01から指数弁。視野狭窄もある。横の視野は顔の幅ほど、縦は唇から額のあたりまでの範囲に限られる。目の前に立つ人の輪郭や物の位置はわかるが、駅の電光掲示板や紙の書類の文字は読み取れない。日常的に点字を使い、パソコンではPC-TalkerやNVDAなどのスクリーンリーダーを使って業務にあたっている。2018年3月に筑波大学附属視覚特別支援学校高等部を卒業し、立教大学コミュニティ福祉学部へ進学。同大学院を経て、2024年に現在の会社へ入社した。管理部門で、リスクマネジメントとコンプライアンスを推進するチームに所属している。趣味は読書、アニメ鑑賞、旅行、キャンプ、スキー。
障害のある学生だけが使える就職サイトがある
就職活動は、自己分析、業界研究、企業研究と進み、そのうえで志望する企業の選考を受ける。座談会の中で、青木さんはよく示される流れをこう整理していました。
ただ、障害のある学生にはもうひとつ入口があります。障害者雇用に積極的な企業を集めた、専用の就職情報サイトです。青木さんが大学で勧められたのは、クローバーナビの詳細はこちらとウェブ・サーナの詳細はこちらの2つでした。学部のうちは両方を使い、大学院では気になる企業が多かったクローバーナビに絞ります。現在はこの2つにマイナビチャレンジドの詳細はこちらを加えた3つを見ている人が多いのではないか、とも話していました。
これらのサイトには、企業と直接話せる合同説明会(フォーラム)があります。青木さんが現在の会社と出会ったのも、クローバーナビの事務局が開くフォーラムの場でした。
大学3年で一度立ち止まった就職活動
2年生からセミナーに参加し、3年前期に本格始動
青木さんが就職活動を意識し始めたのは、大学2年生のころです。「障害者と就職活動」をテーマにしたセミナーに顔を出すようになり、3年生の前期から本格的に動き始めました。夏休みを中心にインターンシップにも応募し、大学3年の終わりまでに内定を得ることを目標に置きます。
応募したインターンシップのひとつが、日本IBMのAccess Blue Programでした。障害のある学生を対象とした長期の有給プログラムで、期間を通して3つの模擬プロジェクトに取り組みます。他社のワンデーインターンシップにも参加しましたが、そちらは自己分析やグループワークが中心でした。業務体験というより、就職活動の準備講座に近い内容だったと振り返ります。
コロナ禍で、情報そのものが届かなくなった
就職活動を始めた時期は、新型コロナウイルスの流行が始まった時期と重なりました。説明会も面接もオンラインに切り替わり、企業からもらうリーフレットはデータで届く当時は画像認識AIが発達しておらず、スクリーンリーダーでは画像の中の文字を読み取れませんでした。つまり、他の学生が当たり前に受け取っている情報が、青木さんの手元にだけ届かない状態になったのです。
対面で人と話すことが好きだった青木さんにとって、画面越しに情報だけを集める進め方は合いませんでした。大学3年生の後半、このまま就職活動を続けてもうまくいかない気がする。そう考えて、大学院進学に切り替えます。この時点で進んでいたのは、自己分析までです。
「やりたいこと」から仕事を探すのをやめた
うまくいかなかった理由を、青木さんは2つ挙げました。ひとつはコロナ禍で情報が届かなくなったこと。もうひとつは、自分が何をしたいのかわからなくなっていたことです。そして大学院生になってから、考え方を変えます。
青木さん:当時は、働くというのは自分がやりたい仕事を選択肢の中から選んでやるものだと思っていたんです。でも、やりたいことありきで仕事を探すのは結構厳しくて、私には合っていませんでした。まずは条件とか、自分が働いてみたい業界という中で仕事を見つけて、会社に入ってからその中でやりたいことを見つけていく。やりたい業務に携われるように努力をする。そのほうがいいのかなと、大学院生のときに思い直しました。
話しているうちに、進行役から採用する側の視点についての問いかけがありました。青木さんの答えは次のとおりです。
青木さん:私は採用担当ではないので分かりませんが、会社は自分たちの会社に入って活躍してくれそうな人を探すわけで、この仕事をやりたい人を探しているわけでは、たぶん大体ないんだろうなと思っていて。そこのズレが、学部3年のときはあったのかなと思っています。
大学院進学と、就活の「後半戦」
教職課程を取るために大学院へ
大学院に進んだ理由は2つあります。学部で学んだ内容をさらに深めることと、教職課程を履修することです。後者には、少し長い経緯がありました。
青木さん:もともと教員への憧れというのは高校生ぐらいからあったんですが、高校時代の進路指導で「あなた教員向いていないよ」と言われていたこともあって、学部1年生の時に教職免許は取ろうと思っていなかったんですね。でも、いざコロナ禍になって自分の就職も考え始めた時に、何か専門性を得たいなと思って、真っ先に教職免許というのが出てきたんです。じゃあ学部4年生から教職免許を取って、学部4年、大学院1年、大学院2年の3年間で教職課程を取ればいいじゃないかと考え直しました。
進学の手続き自体は、学部からそのまま上がる制度を使っています。必要だったのは、学部4年間の単位と成績、2000字程度の研究計画書、TOEICのスコアです。成績とスコアは条件を満たしていたため、実際に準備したのは研究計画書だけでした。
病気と手術を経て、短期決戦で再開
大学院1年のときに大きな病気が見つかり、手術を受けました。本来なら大学院1年の後期から就職活動を始める必要があります。回復を待って再開できたのは、1年生の12月でした。
ここからは短期決戦です。コロナ禍が明けて対面の就職セミナーが再開していたため、とにかく足を運び、さまざまな企業と話しました。業界研究は一部省略しています。そして大学院2年になる直前の3月、内定を得ました。
企業を選ぶ軸は「条件」から決めた
学部時代の反省をふまえ、青木さんは条件から企業を絞りました。軸は3つです。
- 特例子会社ではなく、一般企業の障害者雇用で働くこと
- 合理的配慮が整っていて、視覚障害のある先輩がすでに在籍していること
- フレックス制度があり、通院と両立できること
3つ目には、手術後に毎月1〜2回の通院が必要になったという事情があります。給与だけでなく福利厚生面も見て選んだ結果、候補は5社程度に絞られました。業界研究をする余地もなく、その5社から選ぶしかない状況です。唯一採用に至ったのが、現在の会社でした。
青木さん:障害者雇用に積極的で福利厚生の充実した業界というのがもしあるとしたら、その中で私は選んだと言いますかね。当時は将来教員を目指すことを考えていて、その前段階として社会人経験をとにかく何かしら積みたいと思っていたので、自分がやりたいことじゃなくて、自分が知らないことをやってみたいという思いを持っていました。
やりたいことではなく条件から絞る。この進め方が、通院と両立できる働き方につながりました。
自分の見え方をA4一枚にまとめる
きっかけは先輩たちの助言
青木さんは就職活動中、自分の障害と必要な配慮をA4一枚にまとめた書類を作りました。本記事ではこれを配慮シートと呼びます。フォーラムや面接のたびに提出していた、いわば自己紹介の代わりです。
作成のきっかけは、大学で年1回開かれていたイベントです。障害のある卒業生から就職活動の話を聞く会で、先輩たちが毎年のように同じことを言っていました。選考では自分の障害がわかるものを、言葉だけでなく紙にまとめて持っていったほうがいい。その助言が頭に残っていたそうです。
ゼロから作ったわけではありません。土台になったのは、大学で提出していた合理的配慮の依頼書です。入試の際の配慮申請書や、授業担当の教授に出す依頼書を、大学の支援室と一緒に作った経験がそのまま生きました。
配慮シートの要点は「こうすればできる」
配慮シートを読んで目を引くのは、できないことの説明に紙面を使っていない点です。視力や視野の状態は数行で済ませ、残りはすべて「どうすれば業務が進むか」に充てられています。
たとえばスクリーンリーダーの項目。図表の読み書きには時間がかかるという制約を書いたうえで、基本的な情報処理は可能だと続けています。点字ディスプレイの項目も、どういう場面で使うかまで書かれています。配慮を求める書類でありながら、読む側には働く姿が浮かぶ構成です。
なお、但し書きも添えられています。どの機器やソフトを導入するかは、入社前に専門機関から情報を得たうえで相談する、という内容です。
配慮シートの全文
① 障害内容と等級
視覚障害・1級
② 現在の状況
視力は右目が0.03、左目が指数弁で、視野狭窄もある。目の前に立っている人の輪郭や物の位置などは見えるが、駅の電光掲示板や紙の書類に書かれている文字を読み取ることはできない。そのため、日常的には点字を使い、PCやスマートフォンはスクリーンリーダーを用いて操作している。
③ お願いしたい配慮について
職場で必要とする配慮は3点。
- 働き方や職場の環境について、随時相談できる場を設けること。例として、支援機器やソフトの導入、職場内のドアや段差に見やすい印をつけることなど
- 支援機器やサービスを使っても1人では活用できない資料やソフトについて、業務内容の工夫や他の社員のサポートを依頼すること。例として、画像化されたデータのテキストデータ化、紙の資料や表への代筆など
- 新しい場所に行く際や、配布資料を確認しながら進める会議では、可能な範囲で早めに連絡や確認をすること
必要とする支援機器・ソフトは2点。
- PCのスクリーンリーダーの導入。これによりメールや資料の読み書きができる。図表のような視覚的なデータには時間がかかるが、基本的な情報処理は可能
- 携帯型点字情報端末(点字ディスプレイ)の導入、または個人所有のコンピュータの使用許可。資料やメモを音声ではなく点字で読み書きでき、面談や会議の場で会話しながら読み書きする際に使用する
④ その他
入社前に職場の環境や使用システムを見たうえで、合理的配慮について相談する場を設けること。数か月ごとの通院があるため、東京近郊の事業所への配属を依頼すること。有給休暇や勤務時間の変更を用いた通院日の確保についても配慮を依頼すること。
面接官が見ているのは「自分を把握できているか」
配慮シートは、面接官が変わるたびに毎回提出していました。すでに伝えた内容でも、改めて渡します。手間に見えるこの積み重ねが、選考後に思わぬ評価として返ってきました。
青木さん:選考に受かった後にいただいたフィードバックなんですけど、自分自身の障害のことというか、自己分析がよくできていますねというお褒めの言葉をいただいたんですね。自身の障害について自分で把握しているかというのは、おそらく一つの項目として面接官の方は見ているんじゃないのかなと思うので、そこをクリアできたのは大きかったなと今思っています。
配慮を求めるための書類が、自己分析の成果を示す資料としても働いた。この二重の機能が、配慮シートの価値を押し上げています。
面接で感じた企業ごとの温度差
説明会と二次面接で、会社の顔が変わった
就職活動で印象に残っている出来事として語られたのは、ある企業の選考です。会社説明会では、障害があってもなくてもいろいろなことに挑戦できると打ち出していた企業でした。一次面接では他の学生と同じ質問を受け、自分に合っていると感じながら通過します。空気が変わったのは、その次でした。
青木さん:二次面接になったときに、面接官の方から「障害があるから、どうしても何でもやりたいと言っても職種は絞らないといけないじゃないですか。そのときどうするんですか」という質問を、すごく何度もされたんですね。正直、当時の私はまだ学生目線で、その会社に入らないことには何も言えないなと思っていたので、「現場の方と話して、自分ができることをちゃんと考えて、その上で働いていきたいです」みたいな答えをしたんです。でも、その答え方は面接官の方が求めていた質問とは少し違ったみたいで、そこのズレがあったなというところが印象的でした。
視覚障害があると何でもできるわけではない。この認識自体は、青木さん本人も持っています。問題は、その先に何を置くかでした。
現在の会社でも同じような話をしています。返ってきたのは、採用が決まった後に話し合って決めていきましょう、という言葉でした。入社前に答えを出させようとした企業と、入社後に一緒に考えようとした企業。この差が、青木さんにとっての分かれ目になりました。
これから就職活動をする人へ
同じような質問を受ける可能性について、青木さんはこう話しています。
青木さん:まずは自身ができること、できないことをはっきりさせる必要があるとは思っています。高校とか大学に進学している間にいろいろな経験をする中で、分かった内容を自身でまとめておく。会社に「私はここができて、ここはできないと思うんです」と明確に提示できるというのが、第一に大切なことかなと思っています。
説明会で受けた印象と、実際に面接を受けたときの雰囲気が違う。これは友人からもよく聞く話だそうです。そうした点も見ながら企業を選ぶことが大切だと話していました。
入社後の配慮と、半年ごとに変わる上司
研修なしで始まった管理部門の仕事
他の部署に配属された新入社員には、1〜2か月の研修があります。青木さんの場合は違いました。全体研修を終えた4月半ば過ぎ、現在の部署へ配属されます。障害のある社員がこの部署に入った事例がまだ少なく、仕事をしながら学ぶ形でのスタートになりました。リスクマネジメントの知識がない状態から始まり、並行して従業員エンゲージメント調査の事務局も担当します。社員の働きやすさや会社への信頼度を測るための、年1回の社内調査です。
現在はリスクマネジメントとコンプライアンスを推進するチームにいます。社内の情報共有を改善するプロジェクトが、今の仕事です。
受けている配慮
職場で受けている配慮は次のとおりです。
- 業務PCへのスクリーンリーダーの導入
- 点字ディスプレイ(ブレイルメモ、ブレイルセンス)の貸与
- PowerPointやWord、Excelなど視覚的な資料を作る際の、最終的な仕上げ作業のサポート
- フリーアドレス制の職場での座席固定
- 同じ部署の社員が今日どこに座っているかがわかる座席表の作成と、磁石での表示
- 在宅勤務の活用
在宅勤務は、入社1〜2年目は少なめでした。3年目の今年から週3〜4日に増やしています。理由のひとつは、イヤホンを1日7時間半から8時間使い続けると耳鳴りがすることです。在宅ならスピーカーからスクリーンリーダーの音を出せるため、耳への負担が減ります。
勤務時間は、コアタイムなしのフルフレックス制度を使っています。午前中に半日の通院がある日は、午後1時から働き始めます。働ききれなかった分は別の日に回せるため、有給休暇を使わずに通院できています。
半年ごとに上司が変わる
青木さんの直属の上司は、半年ごとに交代しています。これまでに何人もの上司と顔合わせをしてきました。理由ははっきりしないものの、この環境が、ある気づきをもたらしました。
青木さん:新しく着任された上司と初めて顔合わせをするときに、前の上司から引き継いでおいたからと言ってもらえていて、私が何をできるかとか、どういう仕事をしていたかはすごく重点的に伝わっているんです。でも、私の見え方とか、ここも難しいんだという症状自体の理解は、おそらく実感できていない部分があるのかなと思うことがあります。表面的には上司が変わっても仕事は進めていくことができるんですけど、ふとしたときに「これもやっておいてね」と言われて、「すみません、これできません」というキャッチボールをしないといけなくなる。自身の見え方とか症状の詳細みたいなのは、自分の口から話すことがやっぱりいつになっても大切なのかなと思います。
仕事の内容は引き継がれても、実際にどう見えているかまでは、引き継ぎだけでは伝わりません。伝え方のコツとして挙げられたのは、具体的に話すことです。上司や人事担当者に知識はあっても、見え方そのものを実感しているわけではありません。こうなるとこれが難しくなる、だからこうしてほしい。この形で伝えることを意識しているそうです。
「できるふり」をしないという判断
時間をかければできる、という落とし穴
Excelが使えないわけではない。けれど、セルの色分けが必要な作業になった瞬間に難しくなる。青木さんはそうした細かい差を例に挙げながら、上司から仕事を振られたときの自分の反応を打ち明けました。
青木さん:私がやってしまうのは、この仕事やってくれると言われたときに「分かりました」と言ってやるんですけど、すごく時間が実はかかる、でも時間をかければできるというのがあったりします。これは本当によくあることで、もっと上司にコミュニケーションを取っていれば、「じゃあ半分自分が持つから残り半分だけやって」となって、かかる時間は半分になりますし、そういうところで余計に時間をかけてしまっているのはあるなと思っています。
青木さん:ただ一方で、私はちょっとビビりというか、考えすぎる性格なので、断ったら評価に響くとか思っちゃうんですよね。たぶん響かないと思うんですけど、ここで断ったら「じゃあ何の仕事ができるの」と言われないかとか思ってしまうので、断りづらくなってしまうときも実はあったりします。
断れば楽になるとわかっていても、断れない。配慮が整った職場でも、この種の迷いは残ります。
働き方は大きく2つに分かれる
時間のかかる業務を頼まれたとき、どうするのがよいのか。この問いに、青木さんは答えがないと前置きしました。そのうえで、周囲の先輩や他業種で働く人の話から見えてきた2つのパターンを挙げます。
青木さん:一つ目は、とにかく時間をかけてでも、残業をしてでも、自分がやると決めたものをやりきるという考え方。残業時間がすごかったり体への負担はすごかったりするんですが、出しているアウトプットの数はかなりあって、うまく評価してもらえるとどんどん昇給していくというタイプですね。もう一つは私はこちら側なんですが、自分にはできないことはできないし、時間がかかるから残業はしないで少しずつ日々進めていきますというタイプ。健康とか、自分ができることできないことを重視した上での働き方です。
後者については、それでいいと言ってもらえることもあります。一方で、別の上司からは自分で限界を決めるのはよくないと言われたこともあるそうです。同じ会社の中にも、残業時間が長い視覚障害のある同期と、残業を避ける青木さんの両方がいます。永遠に答えが出ない部分だ、というのが青木さんの実感です。
どちらが正しいという話ではありません。ただ、自分がどちらの型なのかを把握していなければ、上司のアドバイスに振り回されることになります。
学生時代にやっておいてよかったこと
高校での海外研修と、大学での短期留学
学生時代の経験として、2つの海外プログラムが挙げられました。ひとつは高校1年生のときに参加した、ダスキン愛の輪基金のジュニアリーダー育成グループ研修。もうひとつは文部科学省のトビタテ!留学JAPANで、3週間チェコに滞在しています。
英語は苦手でした。最初は迷ったものの、家族に相談して応募したところ合格します。当時は英語力不問だったことも後押しになりました。
ダスキン愛の輪基金の詳細はこちら
トビタテ!留学JAPANの詳細はこちら
どちらのプログラムも募集内容は年度ごとに変わります。応募を検討する場合は、最新の募集要項を確認してください。
海外で得たものは、語学力や知識だけではありませんでした。
青木さん:単純に英語力が身につきますとか、海外の知識が手に入りますだけじゃなくて、日本という国、自分の生活圏を飛び出してみるという経験で、海外に行けたんだから国内で何かできるよね、みたいに挑戦できる幅が広がったのはすごく大きかったなと思っています。挑戦する幅が広がれば経験値も変わりますし、自分がどこまでだったらできるかもすごく知ることができるので。
自分がどこまでできるかを知る。この言葉は、配慮シートを書くときに必要だった力と重なります。
学校の外に出る経験が入口になった
留学の前段階として挙げられたのが、中学時代から所属していた陸上部です。当時の顧問は、日本ブラインドマラソン協会の代々木公園練習会の事務局も務めていました。毎月第1日曜日の練習会に連れて行ってもらい、学校の外でさまざまな大人や一般の高校生と出会います。
大学では学生実行委員会の代表を務め、市民活動にも参加しました。こうした経験が重なって、挑戦できる範囲が広がっていきます。
では、何に挑戦すればいいかわからない人はどうすればよいのか。青木さんの答えは、具体的な活動名ではありませんでした。
青木さん:共通して重要というか、私が思っているのは、外に出たいという思いがすごく大切かなと思っていて。ボランティアとか、何かしら自分が興味がありそうなことに、学校以外でも、学校内でもいいので、他校との交流会とかでもいいので参加してほしいなと思います。保護者の方についても、何かそういう子どもからの要望があったら跳ねつけずに優しく受け止めて、その上でいけるかどうかを考えていただけるとすごくいいんじゃないかなと思います。
学生時代に学んだ知識が、そのまま仕事に使えるわけではありません。知識は会社で学んでいくもので、学生時代の学びは教養やきっかけになる。青木さんはそう整理しています。一方で、自分の障害に対する考え方や、何を大切にして生活していきたいかという部分は違います。これは学生時代の経験の積み重ねで決まっていくと話していました。
質疑応答から
出社とリモート、どちらを望むか
実態としてはリモートが多く、体にも要望にも合っています。通勤は弱視といえども疲れますし、在宅ならスピーカーからスクリーンリーダーの音を出せるため耳への負担が減ります。部屋の明るさや画面の大きさを自分好みに調整できる点も合っています。
ただ、本音は少し違いました。自分の部屋で集中するのは比較的苦手で、出社したほうが集中力もチーム内の会話も進むと感じています。耳への負担がなければ出社を選んでいた、というのが現在の状況です。
1〜2年目は上司から直接仕事を教わる機会があるため、出社を多めにしていました。3年目になって業務内容を把握できたことから、在宅中心に切り替えています。就職時に希望を持つことは大切です。そのうえで、チームや仕事内容に応じて変えていく意識でいたほうがいい、と話しています。
見え方と趣味について
視力は右目が0.02、左目が指数弁。視野狭窄があり、横の視野はちょうど顔の幅ほど、縦は唇のあたりから額のあたりまでの範囲です。趣味は読書、アニメ鑑賞、友人との旅行や一人旅、グループや一人でのキャンプ、スキー。冬に偏っていると笑って話していました。
職場に視覚障害のある社員はいるか
現在の会社には、視覚障害のある社員が複数在籍しています。先輩がすでに在籍していること。これは、青木さんが会社を選ぶときの軸のひとつでした。
まとめ:配慮は、お願いする前に書き出しておく
今回の座談会は「職場の配慮のリアル」というテーマで企画されました。実際に語られた内容の中心にあったのは、配慮を受ける場面そのものではありません。その手前にある、書き出す作業でした。
自分は何ができて、何ができないのか。どういう条件が整えば、できるようになるのか。青木さんが配慮シートにまとめたのは、この内容です。そしてその一枚は、面接で配慮を依頼する書類であると同時に、自己分析の成果を示す資料としても働きました。
ただし、一度書けば終わりではありません。上司が半年ごとに変われば、その都度自分の口から伝え直すことになります。時間をかければできる業務を引き受けるかどうかも、自分の状態を正確に把握していなければ判断できません。
その材料になるのが、学生時代の経験です。いろいろなことに挑戦する中で、できることと苦手なことの引き出しが増えていきます。海外に行けたなら国内でもできる。青木さんが語ったこの広がりは、そのまま自己理解の広がりでもありました。
視覚障害のある高校生・大学生にとって、就職活動の準備は求人を探すことから始まるわけではありません。まず必要なのは、自分の見え方を自分の言葉で説明できるようになることです。その積み重ねが、働き始めてからも効いてきます。
次回のオンライン座談会に参加するには
EduLumeでは、視覚障害のある学生・先輩・保護者が語り合うオンライン座談会を定期的に開催しています。次回の開催日程・テーマ・申込方法は、公式LINEで案内しています。
