1. はじめに
「合理的配慮(ごうりてきはいりょ)」という言葉は、日本では障害のある人が平等に学び・働き・暮らすための“配慮”を指す、非常に大切な概念です。
では、この言葉は英語でどう表現されるのでしょうか?
そして、その英語表現が持つ“ニュアンス”は、日本語と同じなのでしょうか?
この記事では、合理的配慮の英語表現とその意味合いの違い、そして背景にある文化的価値観の違いに焦点を当てて、じっくり解説していきます
2.「合理的配慮」は英語でこう言う
合理的配慮は、英語では主に次のように表現されます。
■ 2.1 reasonable accommodation(リーズナブル・アコモデーション)
最も広く使われている表現で、特にアメリカ合衆国やカナダで多く見られます。
この用語は、アメリカの「ADA法(Americans with Disabilities Act:障害を持つアメリカ人法)」の中核概念の一つでもあります。
意味の内訳:
- reasonable:合理的な、妥当な、無理のない
- accommodation:便宜、調整、配慮、適応和訳例:
- reasonable accommodation = 「無理のない範囲での調整的支援」「合理的な便宜の提供」
例文:
Employers must provide reasonable accommodations to qualified employees with disabilities.
(雇用主は、障害のある適格な従業員に対して合理的配慮を提供しなければなりません。)
ニュアンスの特徴:
この表現は、日本語の「配慮」と違い、“法的義務”としての色合いが非常に強いのが特徴です。
英語圏では、「思いやり」ではなく「権利を実現するための調整措置」という意味合いで理解されています。
■ 2.2 reasonable adjustment(リーズナブル・アジャストメント)
こちらはイギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの英連邦諸国で使われる表現です。
語義の違い:
adjustment は「調整」や「適合」の意味があり、accommodation よりも制度やルールの”柔軟な変更”を連想させます。
例文:
Schools must make reasonable adjustments to ensure that students with disabilities are not disadvantaged.
(学校は、障害のある生徒が不利にならないよう合理的な調整を行う義務があります。)
ニュアンスの特徴;
こちらも法的義務を意味しますが、教育現場や行政制度内での調整に重点が置かれています。
3. 英語と日本語のニュアンスの違いに注意!
日本語の「配慮」には、
- 思いやり
- 気遣い
- 柔らかい対応
といった、感情的・人間的なニュアンスが強く含まれています。
一方、英語表現(特に reasonable accommodation)では、
「個人の人権を保障するために義務として行う制度的対応」という色が非常に濃くなっています。
●対比まとめ
| 日本語表現 | 英語表現 | ニュアンスの違い |
| 合理的配慮 | reasonable accommodation | 法的義務、権利保障の文脈が強い |
| 配慮 | consideration / kindness | 感情・人間的な関心の意味が強い(英語では別概念) |
4. 国際条約に見る「合理的配慮」の定義
国連「障害者の権利に関する条約(CRPD)」第2条では、reasonable accommodation について次のように定義しています。
“Reasonable accommodation” means necessary and appropriate modification and adjustments… to ensure the enjoyment or exercise of all human rights and fundamental freedoms by persons with disabilities…
(意訳)
合理的配慮とは、障害者がすべての人権と基本的自由を享受・行使できるようにするために必要で適切な変更や調整のことをいう。
このように、国際的にも「合理的配慮」は人権の実現のために不可欠な仕組みとして扱われているのです。
5. おわりに ― 英語から見えてくる「配慮=権利」という視点
「reasonable accommodation」「reasonable adjustment」
という英語表現を通じて見えてくるのは、“配慮とは個人の努力に依存するものではなく、社会全体が責任をもって保障すべきもの”という国際的な価値観です。
私たちが「配慮=思いやり」から「配慮=権利」へと視点を移すことは、日本社会における共生の実現に向けた重要な一歩となるのではないでしょうか。


